「契約社員はいるが、契約社員向けの就業規則は別にない。
大多数を占める正社員向けの就業規則はある。
契約社員とはちゃんと雇用契約書を結んでいる。」
このような会社は少なくないようなのですが、大変困ったことになりかねません。
いったいどんなリスクがあるのでしょう。
■ 重要ポイント ───────────────────────────
契約社員、パートタイマー、再雇用者員など、非正規の社員がいるのであれば、
雇用形態に応じた就業規則を作成しておく必要があります。
■ 就業規則と雇用契約書の内容が合わないとき?─────────────
契約社員の雇用契約書には、期間を定めた契約だと明記されていて、退職金
は支払わないと書かれていたとします。
一方、「この規則は○○会社の従業員に適用する」という就業規則があって、
契約社員向けの就業規則がない場合は、契約社員であっても、今ある就業規則
が適用されるリスクがあります。
雇用契約の内容と就業規則の内容に違いがあった場合、就業規則が優先的に
適用されてしまいます。
■ 60すぎの年金受給者にも退職金を支払う?──────────────
裁判で争われた事例をご紹介します。
大興設備開発事件、大阪高裁、平成9年10月30日の判決です。
60歳過ぎて雇用され、年金も受給していたのに、正社員向けに作成されていた
就業規則が適用され、会社は退職金を支払えと命じられました。
■ 控訴人Xの状況 ───────────────────────────
退職金が私にももらえるのではないでしょうか、と裁判に訴えた方は、60歳
を過ぎてY社に雇用された方でした。年金を受給していました。
別の会社を退職後、昭和58年9月から65歳になるまでの昭和63年2月1日まで
は請負契約に基づく、請負人として勤務していました。
65歳となった昭和63年2月に請負ではなくYの従業員となり平成7年3月まで
の7年少しの間、正社員より少ない労働日数で勤務しました。
月の所定労働日数が正社員は21日か22日であるところ、18日でした。
健康保険に加入し、妻は被扶養者と認定され、年次有給休暇も付与されました。
賃金は日給8,600円で、昇給はありませんでした。正社員には主任手当が月
額20,000円、皆勤手当7,000円が支給されていましたが、Xには主任手当が、10,
000円、皆勤手当5,000円(月18日の勤務で支給された)が支給されていて、配
偶者がいるのに正社員には支給される家族手当の支給を受けていませんでした。
会社が求める資格、公害防止管理者資格を持っていました。
平成7年3月11日から同年9月10日までは退職金がない旨の雇用契約書を締結
し、9月10日まで勤務しました。
■ Y社の就業規則───────────────────────────
Y社は、電気、冷暖房、給排水、消防設備の管理及び検査等を目的とする会社
で、正社員のほかに年齢が60歳を超え、年金を受給しながら働き、日給が正社
員よりも低い、高齢の従業員と、正社員のように恒常的な定時労働ではない
パートタイムの従業員を雇用していました。
会社が平成6年に制定し、監督署に届け出た就業規則は、規定の上で適用対象
を正社員に限定しておらず、高齢者を適用対象とする就業規則は別にありませ
んでした。
その就業規則には退職金を以下のように定めていました。
「会社は、従業員が退職した時は退職金を支給する、但し、勤続3年未満の者
については退職金を支給しない、退職金の計算は 基本給×勤続年数÷2 と
する、退職金は退職手続き完了後1カ月以内に支給する。」
会社は、Xからこの訴訟が提起された後、平成8年1月に正社員を適用対象とす
る就業規則と、高齢者及びパートタイムの従業員を適用対象とする就業規則と
二つ制定しました。
■ 判決 ───────────────────────────
「会社の就業規則は適用対象を正社員と高齢者に分けて規定しておらず、規
定の内容も従業員全般に及ぶものとなっていたのであり、高齢者にも適用され
ると解するのが相当である。
会社は高齢者やパートタイムの従業員を除く正社員に適用することを念頭に
置いていたので、制定に当たり、正社員には説明会を開き、代表者の意見を聞
き、できあがった規則を正社員に見せたが高齢者には示していないと主張する。
しかし、就業規則には法的規範性が認められており、本来的に労働条件の画一
的、統一的処理という点にその本質があり、それ故に合理性を持つものといえ
るから、その解釈適用に当たり就業規則の文言を超えて使用者である被控訴人
の意思を過大に重視することは相当ではない。
就業規則には高齢者に退職金を支給しないという明文の定めがなく、勤続3
年未満の者には退職金を支給しないとの定め以外の適用排除規定が見当たらず、
控訴人についても退職金を計算することは可能である。
控訴人は、他の会社で働き60歳に達し、年金を受給できるようになってから
被控訴人に採用された者であり、60歳時に被控訴人から退職金を支給された
者ではない。
退職金には賃金という性質があることを否定できないこと、
退職後の支給であるため年金を受給しつつ労働を続けるために賃金や諸手当を
低額に抑えるという要請を受けないことを併せ考えると、
高齢者である控訴人について、本件就業規則の退職金の定めを適用できないと
解すべき根拠はないというべきである。
控訴人の勤続年数は、昭和63年2月2日から平成7年3月10日まで7.08年となり、
退職金は547,992円となる(8,600円×18日×7.08÷2=547,992円)
控訴人は平成7年9月10日に退職したから、退職金は就業規則によりその翌日か
ら1カ月以内に支給されるべきであり、支給を遅滞していると認めることがで
きる。
退職金547,992円とこれに対する平成7年10月11日から支払済みまで民法所定の
年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」
■ 労働契約法のキマリ ────────────────────────
「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分に
ついては無効とする。この場合において無効となった部分は、就業規則で定め
る基準による。」
労働契約法12条ではこのようになっています。
■ 雇用区分に応じた就業規則が必要───────────────────
契約社員やパートタイム労働者がいるのであれば、「正社員就業規則は適用
しない」として、「契約社員就業規則」を別に作成しておきましょう。
仮に雇用契約書で退職金なしと定めていても、適用される就業規則に退職金
ありとなっていれば、裁判では負けてしまいます。退職金に加えて、遅延損害
金まで支払わなければならなくなります。
就業規則は労働基準法により、その事業場における労働条件の最低基準を定
めることが求められていて、その基準を下回る個々の雇用契約は、就業規則の
定める基準まで引き上げられてしまうのです。